本文へスキップ

 研究内容 Our research

(1)ミトコンドリアとガンの研究

Warburgによって最初に提唱されたガンの代謝形質は、ATPの主な産生過程として、酸化的リン酸化(OXPHOS)から好気的解糖系へとシフトすることに特徴づけられる。現在、悪性度の高いガン細胞の代謝形質において、Warburg効果は代表的な特性として認識されている。Warburgはミトコンドリアの呼吸機能はガン細胞においては低下していくと推測した。我々はガン細胞の増殖の制御機能(酸化的リン酸化 vs好気的解糖系)を解明し、ガンの進行における重要な因子を同定することが新しい治療法の開発に必要となると考えた。

我々の研究対象であるミトコンドリアタンパク質p32は種々の癌で発現が亢進していることが知られている。Chenら[1]は、p32タンパク質が乳ガンの独立した予後因子で、p32を過剰発現させると乳ガンの進展に重要な因子となったことを報告した。Ghoshら[2]は、p32はガンの発症の炎症に関与し、パピローマの進行で強発現することを報告している。これらの研究では、p32タンパク質の強発現がさまざまなガンのガン化に重要な役割を果たしていると考えられる。


前立腺ガンとミトコンドリアタンパク質p32

我々のグループは、ミトコンドリアタンパク質p32の発現とガンの悪性度の関連を探るために免疫組織化学的方法にて前立腺ガン組織におけるp32の発現に関して検討した3。正常前立腺ではp32の発現は上皮細胞の細胞質内に見られ、特に基底細胞においてp32の強い発現が見られた。一方、前立腺ガン細胞ではp32の発現は強く、主に細胞質に見られた(図1)。ガンの悪性度が高くなるにつれてp32の発現も強くなる傾向にある。p32の発現と臨床病理所見との関連性を調べたところp32の発現はGleasonスコアの高いガンの方がGleasonスコアの低いガンよりも有意に高かった。次に予後との関連を調べたところKaplan-Meier生存曲線ではp32の発現が高い群では低い群に比べPSA再発のリスクが上げることが示された (図2)[3]。

これらの結果より、我々はp32が前立腺ガン細胞の増殖に必須で、前立腺ガンにおける新たな臨床診断マーカーになることを考えている[3]。


(2)ミトコンドリアDNA維持・遺伝子発現に関わるタンパク質の研究


ミトコンドリアDNAの特徴とTFAM

ミトコンドリアDNA(mtDNA)はその名の通り、細胞小器官ミトコンドリアの中に存在する(図3)。mtDNAはヒトの生命活動に必須のゲノムであり、核DNAとは一線を画する様々な特徴を持つ。mtDNAは約16キロ塩基対の環状2本鎖DNAで多コピーゲノムであり、ヒトの場合大抵1細胞あたり数千コピー存在する。コードしている遺伝子の数は核DNAに比べて少ないが、イントロンが存在しないため遺伝子の密度は核DNAよりも高い(図4)。mtDNAにはATPの産生、そして様々な物質輸送や代謝に必要なミトコンドリア膜電位の維持に重要な役割を果たす呼吸鎖酵素複合体のサブユニットの遺伝子、そしてこれらサブユニットをミトコンドリア内に存在する、いわゆるミトコンドリアタンパク質合成系で産生するためのミトコンドリアリボソームのRNA成分(rRNA)とトランスファーRNA(tRNA)をコードしている。それ故mtDNAはミトコンドリア、ひいては細胞の正常な機能発現や代謝に不可欠である。mtDNAの重要性はmtDNAに生ずる異常が様々な疾患に関与することからも明らかであり、さらにはmtDNAに生ずる異常と老化との関連も示唆されている。それ故、mtDNAの維持機構を総合的に理解することは生命科学の進展に寄与するだけでなく、医科学分野への貢献も計り知れない。

 


mtDNAは多コピーゲノムという存在様式の特徴上、DNA配列の安定性だけでなくコピー数の維持ということもmtDNAが正常に機能発現する上で重要である。mtDNAはミトコンドリア内で単独で存在しているわけではなく、幾つかのmtDNA分子と多数のタンパク質から構成される核酸−タンパク質複合体、「ミトコンドリアヌクレオイド」として存在している。その主要構成タンパク質がTFAM(mitochondrial transcription factor A)であることを当研究室の康東天教授は世界に先駆けて提唱した[4,5]。さらにはTFAMによってmtDNAが安定的に保持されているということを明らかにした。そして現在までに我々を含む世界の幾つかのグループによる精力的な研究の結果、TFAM以外の数多くのタンパク質がミトコンドリアヌクレオイドの構成タンパク質として報告されている。

ミトコンドリアタンパク質p32の機能解明

上述したように、ガンとの強い関わりが示唆されたp32タンパク質に関して、我々はミトコンドリアに注目しながら精力的な研究を行ってきた。p32はミトコンドリアターゲッティングシグナル配列をそのアミノ末端持ち、ミトコンドリアのマトリックスに局在するタンパク質である。p32のミトコンドリアでの機能は酸化的リン酸化に必要であるとか、ミトコンドリアの翻訳に不可欠であるという報告があったが、詳細なメカニズムは不明であった。



我々のグループはTFAMタンパク質と結合するタンパク質の網羅的解析からそのタンパク質の一つとしてp32を同定した。そこでp32の機能解析を行うべくp32の全身ノックアウトマウスを作製したところ、胎生致死となり、p32が発生に不可欠なタンパク質であることを見出した(図5)[6]。次にp32ノックアウト(KO)MEF細胞を作製して、細胞レベルでのp32の機能解析も行ったところ、p32 KO細胞ではミトコンドリアの形態異常(図6)や機能異常が起こることを見出した[6]。これらの異常の原因を突き止めるべく更なる解析を行った結果、p32 KO細胞ではミトコンドリアリボソームが減少し、ミトコンドリアタンパク質翻訳阻害を見出した。さらにp32がミトコンドリアRNAと特異的に結合することを証明した[6]。これらの研究結果から我々はp32の新たなモデルを提唱している。すなわち、ミトコンドリアでの翻訳が効率よく行われるようにp32はミトコンドリアRNAと配列非特異的に結合し、RNAをリボソームへと運搬するミトコンドリアRNAシャペロンとしての機能を有していると考えている(図7)。

 現在、様々な臓器特異的p32ノックアウトマウスを作製し、個体レベルでの機能解析を行うプロジェクトが進行中である。

 
(3)ミトコンドリアDNA維持の総合的理解

ミトコンドリアDNAの複製

近年の一連の研究によりmtDNA複製メカニズムに対する理解は深まった[7-13]。mtDNAは核DNAとは異なる特徴的な複製メカニズム(RITOLS複製と命名された)を持つことが提唱された。この複製モデルでは一方の親鎖を鋳型としてリーディング鎖のDNAが連続的に合成されていく時ラギングDNA鎖は同時に合成されず、代わりにもう一方の親鎖が1本鎖の状態で放置されることを防ぐかのようにRNAが取り込まれていく。そして後にこれがDNA鎖で置き換えられる。また、mtDNA複製中間体(複製中のDNA)としてリーディングDNA鎖が合成されるのと協調してラギングDNA鎖が不連続的に合成されていくときに形成される複製中間体も観察された。この中間体を生ずるmtDNA複製メカニズムはCOSCOFA(conventional, strand-coupled Okazaki fragment-associated)と呼ばれる(図8,9)。複製の開始機構に関しては、RITOLS複製はmtDNAのごく限定された位置から開始されて1方向へ複製が進んでいくのに対し、COSCOFA複製はmtDNAの広い領域から開始されて両方向へ進行するという顕著な違いがある。RITOLS、COSCOFA複製はmtDNAが環状のまま複製されるいわゆるシータ型複製であるが、ヒト心筋等において非シータ型複製メカニズムの存在が提唱された[14]。

このようにmtDNA複製メカニズムに対する我々の知見が大いに深まった一方、さらなる研究の必要性がより明らかになってきた。例えば、上述したようなmtDNAの複雑な複製系がどのように制御されているのか、その生物学的な意義は何か、といったことはまだよく分からない。さらには、核DNAが分裂細胞でのみ複製するのに対して、mtDNAは神経細胞などの非分裂細胞でも複製し続けていることが知られているが、分裂細胞と非分裂細胞におけるmtDNA複製の制御機構に差異があるのかはよく分かっていない。また、分裂細胞においてはmtDNAのコピー数は大体一定しているが、1細胞周期の間に全てのmtDNAが1度複製されるのか、あるいは、特定のmtDNAのみが複数回複製することでコピー数を維持しているのかもよく分かっていない。我々はmtDNA複製メカニズムに関する最先端の知見の上に立ち、このような疑問を解決したいと考えて研究を展開している。

ミトコンドリアDNAの維持

ミトコンドリアヌクレオイドの制御はそれに含まれるmtDNAのゲノム安定性やコピー数維持等に重要な役割を果たしていると考えられるが、その詳細は未だ研究の途上であると言える。我々はmtDNAの維持についてmtDNAの複製という視点を軸足に独自の切り口で研究を展開していきたい。さらには、mtDNAの複製の異常や、mtDNA維持の破綻とヒト疾患との関連に関しても興味を持っており、そのような主題の研究にも今後取り組んでいきたい。

 

(4)ミトコンドリアマトリクスにおけるタンパク質分解を介したタンパク質因子の量的平衡維持の理解

mtDNA維持・機能発現に関わるタンパク質の量的平衡維持メカニズム

mtDNAにコードされている13の呼吸鎖複合体サブユニット以外のミトコンドリアに局在するタンパク質は全て細胞質で合成された後にミトコンドリアへと輸送され、そしてミトコンドリア内で分解される。これらの蛋白質因子のいくつかは特定の条件で分解されるなどして、その量が一定の範囲内に保たれている(図10)。例えば、TFAMがmtDNA量の減少に伴い分解されmtDNAとTFAMの比率を一定に制御していること、またこれらタンパク質分解による量的制御が破綻した場合にはmtDNAの転写阻害が生じることをこれまでに示した[15,16]。我々は主にミトコンドリアマトリクスに存在するタンパク質の量的制御に着目している。これらのメカニズムの解明や、タンパク質分解によるミトコンドリアマトリクス内のタンパク質の量的平衡がどのようなメカニズムによって制御されているのか?また、そのメカニズムはなぜ必要なのか?といった疑問に注目し研究を行っている。

図10 mtDNAの遺伝子発現におけるタンパク質分解の役割

核ゲノムにコードされたミトコンドリア病原因遺伝子の機能解析
ミトコンドリア病はミトコンドリアDNA(mtDNA)の遺伝子変異に加え核ゲノムにコードされている遺伝子の変異によっても引き起こされる。核ゲノムにコードされているミトコンドリア病の病因遺伝子は機能面から「mtDNA複製・維持関連因子」「ミトコンドリアのRNA修飾酵素」「ミトコンドリア翻訳因子」「呼吸鎖酵素サブユニット」「呼吸鎖酵素のアッセンブリー因子」「タンパク質分解・修飾酵素」などに大別される(図11)。我々はこれらのうち「ミトコンドリア翻訳因子」や「タンパク質分解・修飾酵素」などに着目して研究を進めている[17,18]。ミトコンドリア病患者のなかでミトコンドイリアでの翻訳異常を示す患者の解析や遺伝子変異が引き起こす発病のメカニズムなどの研究を行っている。なお、本研究は国立精神・神経医療研究センターとの共同研究として行っている。



図11 代表的なミトコンドリア病の病因遺伝子(候補)の機能 


(5)ミトコンドリアと自然免疫 

近年の研究において、ミトコンドリアは各種ウイルスに対する自然免疫と密接に関係していることが報告されている。またミトコンドリア外膜に局在するmitochondrial antiviral signaling protein (MAVS)は抗ウイルス応答に不可欠な役割を演じており、近年注目を集めている。例えばC型肝炎ウイルスやセンダイウイルスなどの二本鎖RNA (dsRNA)ウイルスは、細胞内RNAセンサー分子であるRIG-I、またはMDA-5 (DExD/H box RNAヘリカーゼ)によって感染初期に認識される。そのシグナルはミトコンドリア外膜 上に局在するMAVS へと伝達された後に、転写因子(IRF-3/7、NF-kB)の 遺伝子発現を増強し、最終的にインターフェロンや炎症性サイトカインを産生する。このメカニズムにはミトコンドリアの損傷や輸送が必須であることが明らかになった。我々のグループは、独自に作成したマウスを用いて自然免疫におけるミトコンドリアの役割の解明を目指して精力的な研究を展開している。

 

(6)オミクスアプローチによるミトコンドリア代謝の包括的理解
最近の研究により、ミトコンドリアの中央代謝を構成する代謝物分子は単にエネルギーを生み出すために存在するのではなく、分子種そのものががんや老化と密接に関わっていることが明らかになってきた。我々のグループは、複数の最先端質量分析装置(LCMS, GCMS, FTMSなど計5台)を基盤として、タンパク質・低分子代謝物の一斉網羅的解析(オミクスアプローチ)による細胞代謝の包括的理解を目指している。特に、ミトコンドリアは生体ストレス産生の場でもあることから、各種ストレスによって改変修飾された「異質代謝物(エイリアン代謝物と呼んでいる)」に着目し、新規分子種の探索とそれらの生理機能(代謝物-タンパク質相互作用)についても解析を進めている。また、ミトコンドリア病の早期発見および病態機序の理解に役立つ代謝物マーカーの探索にも取り組んでいる。


(7)神経回路形成におけるミトコンドリアの役割 
私たちは、神経発生過程、特に、軸索ガイダンスにおける細胞内シグナル伝達機構に焦点を当てた研究を行ってきたが[19, 20]、神経回路形成とミトコンドリアの関係にも、興味を持っている。発生過程にある軸索は、伸長する一方で、様々な形態変化を起こし、その代表的な例が、軸索の分枝化(branching)と束化(fasciculation)である。最近の研究から、前者がミトコンドリアに関係する証拠が示され、後者に関しても、ミトコンドリアの活性や分布パターンの変化が重要な役割を果たしているらしい。これらの過程で、軸索ガイダンスシステムが、ミトコンドリア動態に関係する可能性に興味を持って研究を行っている。軸索ガイダンス分子に依存的な、あるいは非依存的なメカニズムに関して、ミトコンドリアが分枝化と束化にどのような役割を果たすのか、調べている。また、軸索の安定性の制御も、神経発生や神経変性において重要なテーマである。そこでのミトコンドリアの役割にも迫りたい。

引用文献

1.      Chen, Y. B. et al. (2009) J. Surg. Oncol. 100, 382-386.

2.      Ghosh, I. et al. (2004) Mol. Cell. Biochem. 267, 133-139.

3.      Amamoto, R., Yagi, M., Song, Y., Oda, Y., Tsuneyoshi, M., Naito, S., Yokomizo, A., Kuroiwa, K., Tokunaga, S., Kato, S., Hiura, H., Samori, T., Kang, D., and Uchiumi, T. (2011) Mitochondrial p32/C1QBP is highly expressed in prostate cancer and is associated with shorter prostate-specific antigen relapse time after radical prostatectomy, Cancer Sci. 102, 639-647.

4.      Kanki, T., Ohgaki, K., Gaspari, M., Gustafsson, C. M., Fukuoh, A., Sasaki, N., Hamasaki, N., and Kang, D. (2004) Architectural role of mitochondrial transcription factor A in maintenance of human mitochondrial DNA, Mol. Cell. Biol. 24, 9823-9834.

5.      Takamatsu, C., Umeda, S., Ohsato, T., Ohno, T., Abe, Y., Fukuoh, A., Shinagawa, H., Hamasaki, N., and Kang, D. (2002) Regulation of mitochondrial D-loops by transcription factor A and single-stranded DNA-binding protein, EMBO Rep. 3, 451-456.

6.      Yagi, M., Uchiumi, T., Takazaki, S., Okuno, B., Nomura, M., Yoshida, S., Kanki, T., and Kang, D. (2012) p32/gC1qR is indispensable for fetal development and mitochondrial translation: importance of its RNA-binding ability, Nucleic Acids Res. 40, 9717-9737.

7.      Holt, I. J. et al. (2000) Cell 100, 515-524.

8.      Yang, M. Y. et al. (2002) Cell 111, 495-505.

9.      Bowmaker, M.,…Yasukawa, T.,…et al. (2003) J. Biol. Chem. 278, 50961-50969.

10.    Yasukawa, T. et al. (2005) Mol. Cell 18, 651-662.

11.    Yasukawa, T. et al. (2006) EMBO J. 25, 5358-5371.

12.    Pohjoismaki, J. L.,…Yasukawa, T.,… et al. (2010) J. Mol. Biol. 397, 1144-1155.

13.    Reyes, A.,…Yasukawa, T.,… et al. (2013) Nucleic Acids Res. 41, 5837-5850.

14.    Pohjoismaki, J. L.,…Kang, D.,… et al. (2009) J. Biol. Chem. 284, 21446-21457.

15.    Matsushima, Y. et al. (2010) PNAS 107, 18410-18415.

16.    Matsushima, Y., and Kaguni, L. S. (2012) Biochim. Biophy. Acta 1819, 1080-1087.

17.    Shimazaki, H.,…Matsushima, Y.,… et al. (2012) J. Med. Genet. 49, 777-784.

18.    Miyake, N.,… Matsushima, Y., …et al. (2013) Human Mut. 34, 446-452.

19.    Yuasa-Kawada, J. et al. (2009) Nat. Neurosci. 12, 1087-1089.

20.    Yuasa-Kawada, J. et al. (2009) Proc. Natl.Acad. Sci. U.S.A. 106, 14530-14535